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2.教育活動の理念と方略
2-1.理念と責任の範囲

 私は2012年4月に大阪府立大学工業高等専門学校(以下、府大高専)へ着任し、現在5年が経過しようとしている。また、前歴では約10年間に及ぶ建築設計・まちづくりに関連する実務を経験してきた。その実務経験で痛感したことは、実社会において「ものづくり」を行うためには、多種多様に存在する人々との関係性を捉える必要があり、専門的な知識や技術の習得だけでは不十分であるということであった。かつての建築家は、圧倒的な独創性により魅力的なデザインを提案することで建築や都市を創造してきた。しかしながら現在ではそれに加えて、人がつながる仕組みをデザインするプロセス(いわゆるコミュニティ・デザイン)も求められるようになってきている。モノづくりからコトづくりへ、さらにはヒトづくりへとパラダイムシフトが起きているのである。私はそうした状況を踏まえ、教育活動を展開することを意識し、実社会において多種多様な専門性を尊重しつつ公平な立場に立ち、『状況に応じたリーダーシップを発揮できる人(ファシリテーション能力を有する人)を育てる』ことを教育理念に掲げることにした。私は「ものづくり」を通じて人がつながる仕組みをデザインしていきたいと考えているが、そのためにはファシリテーション能力が欠かせない。

 一方、私が所属する府大高専では「自律・実践・協調」 [1]が教育理念に掲げられている。私自身が掲げた教育活動の理念と比較してみると、とくに「協調」の中で説明されている「社会や組織の中で、自らの役割や責任を自覚し、異なる考えや立場を持った他者とも対話をもって共通理解をつくり、協力して取り組むことのできる社会性と、リーダーシップをもった人材を養成すること」にある人材像と合致している。なおリーダーについては、通常、主導者や統率者といった意味で用いられることが多いが、私が専門とする建築や都市、さらにはまちづくりといった分野では、近年ファシリテーターやコーディネーターといった考え方も示されるなど、その捉え方は多様化してきている。

 その中でもファシリテーターに求められる役割は、私が掲げる教育活動の理念に最も近いと言える。そのため私は、各々の専門性を尊重しつつ公平な立場に立ち、状況に応じたリーダーシップを発揮できる人のことを、ファシリテーション能力を有する人と位置付け、そうした人を育てることを重視したい。
 この理念に基づき、私が現在までに経験した全科目を一覧で挙げるとともに[表1]、そのシラバスをエビデンス資料[2]として添付する。

表1 担当科目一覧
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2-2.理念を実現するための方略

(1)現段階における教育方法のモデル化

 本TPでは、理念を実現するための方略を一つずつ付箋ラベルに抽出し、KJ法(以下、KJ)を用いてボトムアップ式に情報統合し、モデル化を図ることとした[表紙及び図1]。その際に、従来のKJとは異なり、ある一つの教育方略を実現するための「方法や手段(How?)」を実線の矢印で示し、その「理由や根拠(Why?)」を点線の矢印で示す関係線を描く点を応用している。
 その結果、教育方略は『学生にとって心地よい居場所の創出が、専門知識・技術の習得に伴う様々な課題に対し、教員や学生相互の関わりを通して克服していく際の心理的・物理的な拠り所の確保につながる。その上で学習意欲を向上させるための多角的な取組み(建築スケッチ方式の講義ノート、ネームラベルによる採点・評価、タブレットを利用したプレゼン、討論スタイルのグループ学習など)を通じて、ファシリテーション能力を持った人を育てる』ことにまとめられた。

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図1 現段階における教育方法(方略)のモデル化

(2)方略相互の関係性についての詳細

 モデル化ではボトムアップ式に作業を進めているが、以下の詳細においては、説明の便宜上、見出しごとにトップダウン式で記述を行う。

① 精神的な安定を図るための心地よい居場所の創出(方略Ⅰ)

 着任当初、私の研究室には何もなかった。そこで、まず学生とともに研究室の床を磨くことから始めた。次に、研究室のレイアウト[3]を学生に呼びかけ、自由にデザインさせ、最終的な方針として3つのデザインアイディアを採用した。「作品掲示用コルクボード」「プレゼンテーション用スクリーン」「図書管理システム付き本棚」である。結果的に、学生が自らデザインした研究室は、彼らにとって最も心地よい居場所となったようである。

 なかでも自分の作品を展示することで馴染みの空間を創出し、それによって精神的な安定を図るといったアイディアは、私の学術研究の成果にも通ずるところがある。私は認知症高齢者の施設環境整備に関する研究[4]を行っているが、その知見の一つに、急激な環境の変化を軽減するためには馴染みの空間を創出することが有効であることが示されている。そして、精神的な安定が図られることによって、他者との交流やイベントへの参加が促される。こうした知見からも明らかなように、高専生活の中で学生にとって心地よい居場所を創出することは、心理的・物理的な拠り所につながると考える。

 さらに、この発想をもとに、クラス担任を受け持った際には、4年次・5年次の都市環境コースにおけるホームルームのしつらえ方も工夫した。学生たちに考えさせたクラスの学級目標やインターンシップ案内、就職案内などを掲示する壁面に、木製のラベルを効果的に取り付けることで、教室全体を木のぬくもりが感じられる暖かな雰囲気となるよう心掛けた。
 これらにより教室や研究室を学生たちにとって心地よい居場所とすることが可能となった。

② 専門知識・技術の習得とその活用(方略Ⅱ)

 私の専門は建築計画・デザインであることから、授業においては必然的に図面やパース、建築写真といった手段でイメージを伝える必要がある。そこで授業では講義ノートを工夫し、建築スケッチ方式の講義ノート[5]を採用している。

 これはおもに、「建築計画」(とくに建築史の範囲)において、毎回の講義ごとに回収・採点・返却(次回講義の開始時)をするための配布プリントのことである。とくに建築史の範囲では、文章的な意味のみならず、歴史的な建築物や都市計画を、ビジュアルなイメージとともに理解させなければならない。そのためには文字情報を「書く」だけでなく、スケッチを「描く」ことが重要である。そこでこの講義では、教科書主体の講義を展開しながらも重要なイメージを講義ノートにスケッチする方式を取っている。なお、これは私が師事していた工学院大学谷口宗彦教授が約30年間取り組んできた方法で、一定の効果があることが確認されている。その既往版では、罫線が引かれているだけであるが、私はこれに改良を加え、講義内容が記録できる罫線部分と、建築スケッチを描くための空欄部分を分割して1枚に収めるデザインとしている。

③ 学習意欲を向上させるための様々な能動的取組み/アクティブ・ラーニング(方略Ⅲ)

 こうした専門知識・技術の習得には、学習意欲の向上をいかに行うかといった視点が重要である。そこで私は前述の講義ノートの工夫以外にもいくつかの能動的な取組み(アクティブ・ラーニング)を行っているので以下に記述する。

  • まず建築スケッチ方式以外の講義ノートの工夫が挙げられる。一つは「生活環境計画」の授業で用いている通常方式の講義ノート[6]である。これは、9mm間隔の罫線が引かれ、タイトルと日付・出席番号・氏名・評価欄が設けられたA4用紙で、毎回の講義ごとに回収・採点・返却(次回講義の開始時)をするための配布プリントのことである。もう一つは穴埋め方式の講義ノート[7]であり、おもに「建築計画」や「生活環境計画」、「ユニバーサルデザイン」で配布しているプリントのことである。また、私はパワーポイントを用いて、視覚的イメージをビジュアルな映像として表示する機会が多いため、学生に能動的にポイントを捉えさせるための工夫を行わなければならない(パワーポイントの表示だけでは学生が寝てしまう)。そこで重要な個所を空欄にしておき、パワーポイントで表示された要点を記入させる方法をとっている。決して斬新な方法ではなく、多くの教員が行っている手法と考えられるため、前述②とは分けて記述している。
  • 次に、ネームラベルによる採点・評価方法の工夫が挙げられる。前述①の「作品掲示用コルクボード」[8]では、身につけた専門知識・技術を発信することと、学習意欲の向上を意図して学生自身の作品を展示することを試みている。その場合、具体的には評価項目を明確にし、価値基準を示した上で、評価を行うようにしている。そして、その価値基準に基づき評価された結果が記入されたネームラベル[9]を作品に張り付けているため、作品としての価値を高める効果が得られている。また、「生活環境計画」では、定期テストで出題した小論文課題と同様の質問を、実社会における諸問題を意識させる意図で実施した見学会のレポート課題においても再度出題し、体験前と体験後の意識の変化を比較する試み[10]も行っている。その際にも、評価基準を事前に示し、その変化を読み取ることが可能な工夫を行っている。
  • さらに、タブレットを利用したプレゼンテーション方法の工夫が挙げられる。府大高専は工業系の学校のため、プレゼンテーションの際に目新しいOA機器・機材を用いると学生の興味を引きやすいことが分かった。そこで、私自身が所有しているタブレット(iPad)を用いてプレゼンテーションを行う時間を意図的に捻出した。パワーポイントにおいても、必要に応じてアニメーションを用いて演習課題の解法手順を提示したり、コンピューターグラフィックスを用いて建築・都市空間を表現したりするなどの取り組みも併せて行っている。

④ ファシリテーション能力を高める機会の創出(方略Ⅳ)

 学習意欲を向上させる意図に加えて、学生のファシリテーション能力を高める機会を創り出す上で有効な手段の一つに、討論スタイルのグループ学習としてブレインストーミング(以下、BS)とKJを取り入れること[11]が挙げられる。ここでいうBSとは、集団でアイディアを出し合うことによって相互交錯の連鎖反応や発想の誘発を期待する手法である。これを行うためには、経験豊かな指導者(まさに、ファシリテーター)が必要となるが、私は実務経験におけるまちづくり活動を実践する中で、長年に渡って地域住民からの意見集約の手法として取り扱ってきた経緯がある。そこで、その手法を教育活動にも応用している。おもに「ユニバーサルデザイン」「基礎研究」「卒業研究」で取り扱っている。とくに、複数の教員で受け持つ科目で使用する場合には、他の教員とファシリテーション技術(例えば、学生への関わり方、指示の出し方、意見抽出におけるアドバイスの仕方など)を統一する必要があるため、BSを行う際には、こまめに教員間連携を図っている。また、KJによる情報統合技術も併せて伝えている。さらに授業以外にもこれらを取り入れた学生主体のまちづくり活動[12]や学外での発表[13]なども積極的に行っている。授業と課外活動で同時に取り扱うことでより実践的な能力が身につくと考えている。

目次

 2-1.理念と責任の範囲
 2-2.理念を実現するための方略
  (1)教育方法のモデル化
  (2)方略相互の関係性について

 3-1.講義科目との対応
  (1)科目名:建築計画
  (2)科目名:生活環境計画
  (3)科目名:ユニバーサルデザイン
  (4)科目名:建築造形実習
  (5)科目名:基礎研究
  (6)科目名:卒業研究
 3-2.その他科目との対応
  (1)クラス担任
  (2)クラブ活動

 4-1.公開授業シートに基づく
   自己評価・他己評価と改善点
 4-2.自主的な教員の集まり
   に基づく授業改善点
 4-3.ティーチングポートフォリオ
   に関する取り組み

 5-1.短期目標
  (1)クラブ活動における学外表彰
  (2)学友会活動の支援
 5-2.長期目標